本校では、環境への取り組みとして、高等学校、幼稚園ともにダンボール、空き缶、新聞、古紙のリサイクル活動を行っています。学校内だけでなく、保護者、ロータリークラブ等の地域の協力を得て微力ながら頑張っています。リサイクル活動で頂いたお金は、本校のインターアクト部のボランティア活動に活用しています。
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「無駄を減らす→廃品回収→換金→ボランティア活動資金」の流れは良いことではありますが、そらがエコロジー教育だ、と言うのでは高い教育効果は望めません。
「品位ある女性」に成長するために欠かせない「他者を思いやる気持ち」は、まず自分と自分以外の存在を正しく理解し、行動しようと努力することから始まります。弱い人、貧しく小さくされた人、また豊かで強い人たちのことも考えます。ここに捨てられている、その「物」はゴミかもしれない、資源かもしれない。またはその「物」にお年寄りがつまずいて転んでしまうかもしれない、という想像力。ゴミは拾ってゴミ箱へ、資源は活かしてリサイクル、「地球に優しく・自然を大切に」とは結局そこに暮らす全ての命
を思いやる、ということ。
自然(自ら然り)とは言っても、自らが自らを存在すべく成さしめているわけではありません。キリスト教的な考え方では、その自然というものも神の創造によるものだ、ということになります。
聖書に詳しくない方でも天地創造の由来が書かれた創世記1章をご存知の方は多いでしょう。
【旧約聖書 創世記1章】
◆天地の創造
1:1 初めに、神は天地を創造された。
1:2 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
1:3 神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。
1:4 神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、
1:5 光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。
1:6 神は言われた。「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」
1:7 神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けさせられた。そのようになった。
1:8 神は大空を天と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第二の日である。
1:9 神は言われた。「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」そのようになった。
1:10 神は乾いた所を地と呼び、水の集まった所を海と呼ばれた。神はこれを見て、良しとされた。
1:11 神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を、地に芽生えさせよ。」そのようになった。
1:12 地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。
1:13 夕べがあり、朝があった。第三の日である。
1:14 神は言われた。「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。
1:15 天の大空に光る物があって、地を照らせ。」そのようになった。
1:16 神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。
1:17 神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、
1:18 昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。
1:19 夕べがあり、朝があった。第四の日である。
1:20 神は言われた。「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」
1:21 神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。
1:22 神はそれらのものを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」
1:23 夕べがあり、朝があった。第五の日である。
1:24 神は言われた。「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」そのようになった。
1:25 神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。
1:26 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
1:27 神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。
1:28 神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
1:29 神は言われた。「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。
1:30 地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。
1:31 神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。
そこには、「神は彼ら(人間)を祝福して言われた。『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。』と書かれています(1:29)。この「地を従わせよ」の部分は英語では "subdue it." で文字通り訳せば「それを征服せよ、制御せよ。」ですが、ここは「あなた方に任せたよ、ちゃんと管理しなさい。」と読むのが適切でしょう。天地をお造りになった神が、その作品を見て「それは極めて良かった。」と言い、人間はその管理を任されたのですから、「環境への負荷」を減らすことは、神の望みに従うことの一つである、と言うこともできます。もちろん神の最大の望みは「互いに愛し合いなさい、私があなた方を愛したように」(ヨハネ福音書15:12)であることは言うまでもありませんが。
ただゴミを拾うだけではなく、自分と周りの人々を大切にする気持ちを持つことで、同じ行為にもっと深い価値を与えることができます。本校の生徒たちはそのように育まれ、また実際そのような生徒たちです。彼女らは学園の誇りです。
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